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2010年3月10日 (水)

アメリカ彦蔵

吉村昭の「アメリカ彦蔵」読了。

中濱万次郎に引き続き、ジョセフ・ヒコこと浜田彦蔵の小説を読んだ。
彦蔵は私が住んでる隣町の加古郡播磨町の出身だったそうです。
知りませんでした。
そう言えば、町役場の近くで銅像を見たことがあったような気がします。

江戸への航海中に嵐に遭い、漂流してしまう。
アメリカ商船に救助され、サンフランシスコへ。
温かい理解者を得て、東海岸へ。
学校へ行き、英語を学んだ。
アメリカの国籍を取得後、帰国した。
当時は日本は鎖国していたため、日本人としては帰国は難しく、帰国すれば犯罪者扱いされるため日本国籍を捨てていた。

日本ではアメリカ領事館で通訳の仕事をしたり、貿易商を営んだりした。
故郷の播磨町へは3度訪れているが、彦蔵の横柄な態度が災いして、故郷の人からは歓迎されなかった。
結婚はしたが、子供はいない。
子供がいれば、彦蔵も違った人生を歩んでいたかもしれません。
結局、日本人にもアメリカ人にもなれきれず、浮き草のような後半生を送ることになった。
そういう生活が原因で顔面神経痛を患い、住居も転々と変える。
日本国籍も取得できず、失意のうちに61歳で心臓病で倒れ亡くなった。

中濱万次郎が晩年まで精力的に仕事をこなし、老いてからは長男家族と仲良く暮らしていたのと比べると、寂しい人生だったように感じる。

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コメント

アメリカ彦蔵、なんだか気になる小説です。
浮き草のような後半生、けれど漂流を助けられて温かい理解者が存在し
寂しいだけの人生では無かったはず・・・
彦蔵の性格によるところもありそうに感じましたが、当時の時代にも翻弄されたんでしょうね。
今、読んでる本が終わったら借りてみようと思います。。。

投稿: フジさん | 2010年3月11日 (木) 22時52分

ジョセフ彦さんって「新聞の父」と呼ばれてるみたいですね。以前播磨町あたりを史跡探してぶらぶらしましたわ。
晩年は寂しかったんですね。

投稿: ぱぱろぐ | 2010年3月12日 (金) 12時45分

フジさん、「中濱万次郎」を読んだときは、アメリカ側の通訳としてのびのびと生活をエンジョイしていたのかと思いましが、そうでもなかったようですね。
吉村昭さんは、幕末の女医にスポットを当てた「ふぉんしーぼるとの娘」や潜水艦でのドイツとの物資・武器輸送を描いた「深海の使者」が面白かったです。

フジさん、面白い本がありましたら教えて下さいね。

投稿: マーサー | 2010年3月12日 (金) 20時57分

ぱぱろぐさんのブログで、ジョセフヒコの史跡巡りをされていたのを見たことがありましたが、いつ頃の記事でしたっけ?

生家跡は、浜田球場の東の方でしたよね。
一度チャリコで訪れてみたいと思っています。

彼はどの辺りの海岸から、淡路島や小豆島を見ていたのでしょうねhappy01

投稿: マーサー | 2010年3月12日 (金) 21時02分

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